東北大学 但 申
昨年8月28日にBetter Life for Farm Animals Japan主催のイベントとして、”台湾と日本の家畜のアニマルウェルフェア”と題するオンラインシンポジウムを開催した。本イベントは鶏卵生産を中心に、台湾と日本の家畜のアニマルウェルフェアの進展に関する情報を多国籍の視聴者に紹介し、意見交換して頂くためのものであった。このイベントの企画、運営には代表の池嶋丈児さんおよびAnimal Welfare Food Community Japanの西村知子さんに多大なご助力を頂いた。また本イベントは台湾動物社会研究会(Environment & Animal Society of Taiwan; 以降EASTと略す)と共催された。EASTは台湾で人と動物と環境の調和を目指すために設立された非営利組織であり、現在家畜を含む様々な動物のアニマルウェルフェアの向上に携わる活動および国際協力を展開している。
はじめにEASTのメンバー(運動家)の一人であるJonathan Treeさんのご講演で、台湾の家畜アニマルウェルフェアの現状について紹介して頂いた。以前より台湾では動物への残酷な取扱いを罰する法律は制定されていなかったが、1998年の動物保護法の制定により家畜を含む動物への人道的配慮の基盤が形成された。特に政府の政策としてガイドラインが作られることにより、家畜の輸送や屠畜方法に関するウェルフェアの状況が改善された。2014年以降採卵鶏や豚、乳牛、アヒル、魚のウェルフェアのガイドラインが相次ぎ形成され、”アニマルウェルフェア白書”として政府によりまとめられた。今日台湾で販売される卵の卵殻にはトレーサビリティーの情報(産地や生産日)とともにウェルフェアに関する基準が印字されるようになった(図1; O有機; F放牧生産; B平飼生産; EエンリッチドケージE; ケージC)。また台湾ではTaiSugar、カルフール(Carrefour)などの大手企業が採卵鶏や豚のウェルフェアの改善に率先的に取り組むと宣言している。とくに近年多くの食品企業(ケンタッキー、サブウェイなど)が採卵鶏のケージフリー化を公約としており、国内での鶏卵生産のケージフリー化が推進されていることが分かる。またケージフリーアライエンスと呼ばれるアニマルウェルフェア認証やEAST独自の認証が制定されている。近年では採卵鶏のウェルフェアに関して社会的議論が活発であり、またEASTの調査により台湾の消費者のアニマルウェルフェアへの認知とウェルフェア・フレンドリーな食品に対する購買意欲が高まっていることが分かっている。
次に麻布大学の大木茂教授に日本の家畜アニマルウェルフェアの現状に関して講演して頂いた。日本も近年”動物の愛護および管理に関する法律”により、家畜を含め動物に対する人道的取扱いの原則が確立されている。また農水省が国際獣疫局(OIE)の規則にもとづき作成しつつある畜種ごとの飼養管理指針では、家畜に対する適正な飼養管理の考え方の普及が図られている。しかし採卵鶏のケージ飼育や繁殖雌豚のストールの規制、乳牛の放牧など、具体的な飼養方法に対する飼養方法はほとんど明言されていない。これは家畜のウェルフェアに対する見解が専門家の間でも分かれること、また生産者にアニマルウェルフェアの概念が十分普及されていないなどの原因が関わっている。国内で詳細な調査が行われていないため、現状の畜種のごとのアニマルウェルフェアの状態が十分明らかになっていない。日本ではJGAPやJAS、アニマルウェルフェア畜産認証などのアニマルウェルフェアに関連する認証が制定されているが、認証取得商品がまだ限られている。国内のイオンやパルシステムなどの小売店ではケージフリー鶏卵の販売が始まり、またキューピーは食材調達にアニマルウェルフェアを配慮すると表明しており、アニマルウェルフェアが大企業を中心に徐々に普及されていることが分かる。また大木教授の調査(2021)により、国内の消費者はアニマルウェルフェアに関する認識はまだ低いが、アニマルウェルフェアに関する情報提供後に飼養方法への関心や関連畜産物への購買意欲が高まる可能性が高いことが示されている。
イベント後半ではケース紹介として養鶏場(台美畜牧場)を経営しているWeng Chung-Ningさんとカルフール社のサステナビリティディレクターのMarilyn Suさんに講演して頂いた。平飼い鶏卵生産を実施しているWengさんはまず放し飼い(Free Range)、平飼い(Barn)およびケージシステムの違いについて説明したあと、自社の平飼いシステムの様子について分かりやすく紹介してくれた(図2)。またケージシステムから平飼いシステムへの移行にともなうコストやマーケットでの高価格の問題にも触れ、経済的問題を解決し、ケージフリーシステムを持続させていくためには、生産者、消費者、小売業者、行政やNGOなど様々なステークホルダーの相互協力が必要だと訴えた。Suさんは台湾カルフール社の近年のケージフリー卵の商業的および社会的普及に携わる活動を紹介してくれた。2018年よりアジアでは先駆けてケージフリー鶏卵のブランドを立ち上げ、またアニマルウェルフェアや生産過程の透明化に配慮した飲用乳の販売を始めた。また各地での講演会や学校の訪問を通して家畜アニマルウェルフェアの普及活動も展開された。
本イベントはEASTと日本側の関係者の精力的な宣伝のおかげもあり、少なくとも8つの国や地域から35名の参加者に迎えて頂いた。また国籍を問わず多くの方々から講演者への質問が送られ、台湾と日本の畜産、アニマルウェルフェアや関連畜産物の現状について積極的な議論が交わされた。今回はオンラインイベントとしてZoomの通訳チャンネルを活用し、(私が経験する限り)初めて英語と日本語の同時通訳が行われた。通訳者のThe Humane League Japan カバリア(上原)まほさんのご助力のおかげで同時通訳はスムーズに行われ、おかげでオンラインの場でも日本と海外からの参加者両方に日本と台湾の畜産アニマルウェルフェアの現状を理解していただき、意見交換がなされた。事後アンケートによりイベントの開催時間が長すぎたとのご意見も頂いたので、今後はより時間的に短縮したイベントの開催を努めたい。
講演でも述べられたが、日本も台湾も鶏卵の中でケージフリー卵の比率はいまだに1割も占めていなく、畜産のアニマルウェルフェアはさらなる発展が期待されている。しかし台湾や日本でも数多くの生産者、消費者、企業、NGO、研究者がアニマルウェルフェアの向上に積極的に関わっておられることを今回のイベントを通して実感できたことは大きな成果だと感じられた。さらなる多国間の相互協力につなげるため、今後も畜産アニマルウェルフェアに関するイベントの企画を続けたい。