山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

農業生産法人 黒富士農場

向山一輝 専務

山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

黒富士農場は、山梨県の甲斐市にあります。鶏は75,000羽います。先ほど養鶏農家の1戸あたり の平均的飼育羽数がちょうど75,000羽という話がありましたが、これでも小さい方になります。 大きいところは100万羽や200万羽や1,000万羽を飼育する農場が沢山あります。

農場は3代続いていて、我々の代で3代目です。経歴は少し特殊です。祖父の代では、平飼いで採 卵鶏をやっていましたが、父の代で一旦全てケージ化しました。その後、父の代でもう一度平飼 い化を始めました。最近では八ヶ岳にも農場を作ったので、今は合計すると22鶏舎ありますが、 そのうち19鶏舎が平飼い鶏舎です。1991年に平飼いを始めたのですが、そこでヨーロッパの方 法を導入しました。2002年、当時まだ有機の認証がなかったため、ヨーロッパで先行していた IFOAMを参考に有機の生産を始めました。2006年、ようやく日本の有機JAS制度ができて、翌 2007年に取得しました。

農場の卵は、1/3を直売所で販売し、1/3を生協系に卸し、残りの1/3はスーパーや百貨店などに 卸しています。取扱いスーパーの名前を見ると、高級なところばかりと思われるかもしれません が、そうでないと買ってもらえない現実もあります。

ホテル関係の取引先も多数ありますが、取引が始まったのはこの2年くらいです。それ以前は、1 件もありませんでした。ケージフリーの波が日本にも来ている事例といえると思います。

「人も動物もみたされて生きる」というのを企業理念としています。まだまだ実践途中ですが、こ ういった理念を追い求めています。また、有機畜産、自然循環、動物福祉を三つの柱を大切にし ています。

山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

 

黒富士農場で作っている卵は5種類です。一つは、「リアルオーガニック卵」といって、こだわり 抜いた卵ですね。餌はオーガニックで、鶏の環境も飼育面積や放牧など基準化されています。放牧 卵として、他に3種類あります。「放牧卵」「ハーブ放牧卵」「八ヶ岳山麓卵」です。「さくら卵」 というは開放式ケージの卵になります。こちらが3鶏舎ありますので、アニマルウェルフェアだけ やっているわけではないということになります。

逆にどちらの良さもわかります。開放式ケージの方は、本当に人手がかかりません。人手がかか らず、大量に卵を作ることができるシステムです。

山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

図では、鶏の飼育方法として7種類しか分類されていませんが、実際には一つ一つのカテゴリーの 中ではさらに細かくランク分けされます。平飼いに関しても、日本では基準がないので、詰め込み の平飼いもあれば、逆に薄飼いで鶏たちが広い面積で飼われている農場もあります。

最近は、エイビアリーが増えてきています。飼育羽数が10万羽など、通常の平飼いでは考えられ ない規模感になります。カテゴリーでは、これも平飼いの入るので、平飼いの基準がない日本にお いては市場の混迷が想定されます。

エンリッチケージから下は詳しくないですが、エンリッチケージは日本では導入している例は少 ないです。この先増えるかどうかはわかりませんが、国はエンリッチケージを推しています。畜産 技術協会などは、エンリッチケージが一番よいのではないかという推し方をされています。

この間、オランダの人の話を聞いていましたが、エンリッチケージは海外では廃止の流れになっ ています。今から日本で導入してもどうなのかと思います。もちろん、エンリッチケージがだめと いうわけではありませんが、今から日本においてはエイビアリー以上のものを残していくのが、 個人的にはよいのではなないかと思います。

山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

黒富士農場の環境を紹介します。山の中にあって、水が綺麗なところです。3時間くらい探すとサ ンショウウオがみつかります。キツネなど、鶏にとっては天敵にはなりますが、動物が沢山いる ところです。

山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵山梨県甲斐市 日本初のオーガニック卵

鶏舎は、外から見た様子は一般的なものです。出入り口があって、朝8時になると鶏を放牧地に放 します。日中自由に走り回って夕方4時くらいになると鶏舎に入れます。

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右上の写真を見るとわかると思いますが、毎シーズン草がペンペンになってしまいます。これが放 牧の難しいところでもあります。鶏舎のなかで餌を満腹に食べていますが、草をよく食べるんで す。草がなくなると、有機の視点では循環をしなくなってしまいます。排泄をしたときに、地中か ら還元しなくなってしまいます。土壌汚染の原因にもなります。ローテーションを組むなど、草の 状態も考えなければいけないという難しさもあります。

鶏舎内で給餌や水やりは自動化されています。給餌には餌どいがあり、水やりには黄色く見える ニップルがあります。左の方には巣箱があります。餌を食べる、水を飲む、生んだ卵を集めるとい うところまでオートメーション化されているので、生産者は結構楽だったりします。もちろな大変 なことはあります。鶏たちが出て行った後には鶏舎を全て掃除をしなければなりません。ただ オートメーション化のおかげて、生産者がつらいという状況はだいぶ緩和されています。補助金が 出ないのはつらいところでもあります。

餌は、トウモロコシと大豆がメインです。他には、魚粉や炭酸カルシウムやリン酸カルシウム、、 食塩などが少量入っています。

農場の活動としては、色々なことをしていますが、アニマルウェルフェアの普及として、今日話し ているようなことを伝えていくことも、大事なことだと思っています。

黒富士農場は、拡大することは全く考えていません。75,000羽の鶏のうち、3鶏舎分まだケージ が残っていますから、それを全て平飼いに切り替えて、オーガニックにするか、需要と相談しなが ら検討していきたいと思います。

将来の目標は、おかしな話かもしれませんが、縮小することです。品質やアニマルウェルフェアの レベルを上げて行ったりすることに経営をシフトしています。

カバリヤさんは企業にケージフリーを推奨する活動されていますが、僕たちができる普及として は、技術を伝えていく取り組みをしています。日本のケージ農家さんは95%いて、ケージから平 飼いに変えたいといっても、みんなやり方がわからないんです。ケージと平飼いは、全く別の畜種 のようなところがあって、失敗することも多いです。平飼いは難しいところもあるので、そこをサ ポートしていきたいと思っています。また、有機畜産や有機の加工品を広めていきたいと思ってい ます。

黒富士農場は、アニマルウェルフェアだけをやっている訳ではなくて、アニマルウェルフェアの敵 のようなバタリーケージ(開放式鶏舎)もあります。ご質問いただければなんでもお答えします。

池嶋
向山さんのお話のなかで、一旦全てケージから平飼いに再度転換したというお話がありました が、いつ頃のことだったでしょうか。

向山
1950年くらいから農場がありまして、1984年に父親は一旦移転をしたんですね。1984年から 1991年までは100%ケージの会社でした。私は40歳くらいなんですけれど、生まれてすぐの頃は ケージしかなかったです。その光景は今でも覚えています。今、その鶏舎が平飼いに変わりつつあ るのを見るのもまた面白いというか、時代の変化を感じますね。

池嶋
お父さんがケージから平飼いに戻すには、きっかけがあったそうですね。そのあたりのお話を伺 えますか?

向山
父はもともとヨーロッパの養鶏場をよく視察に行っていました。戦後、日本ではケージが発達し ていくなかで、スイスやドイツなど、ヨーロッパではまだまだ平飼いをやっているところが多 かったです。そのような状況下うちではケージをやっていました。ある時、小学生だった兄の同 級生のが遊びに来て、ケージの鶏舎を見て泣き出してしまったんです。鶏がかわいそうだと。率直 な意見をいただいてしまいました。そこで、これは間違っているのかもしれないと思ったんです ね。それで、祖父がやっていた平飼いに戻していこうと。ただ15億円かけてケージの鶏舎を建て た後のことです。今も借金が残っています。一気に全量の平飼い化はできないので、少しずつ変え ていこうということでやってきました。

池嶋
15億の投資を、小学生の涙が変えたわけですね。

向山
そうですね。裕福ではないですよ。今もそうですけれど。 借金を持ってケージを平飼いに変えるのは、やはりかなりの覚悟が必要なことでした。ただ、そ の時に西友さんが作ったら買うよと言ってくれたんです。それもやっぱりきっかけの一つです。作 るなら買うよという声は重要ですね。

池嶋
向山さんは、自社の農場だけではなく他の農場にも技術指導に行かれて色々な農場を見る機会が あるということです。今日沢山の参加者のために、卵を選ぶときのアドバイスをいただけるでしょ うか。

向山
平飼いの卵でも、色々な飼い方があって、ケージ飼いよりひどい平飼いもあったりします。糞ま みれだったり鶏がぎゅうぎゅうに押し込まれていたり、サルモネラのリスクがあったり。何の基準 もないので、超密飼いの場合もあります。それで平飼いと言っちゃっていいのかというケースもあ ります。飼い方以外では、衛生的な卵かどうかで見る必要もあります。難しい質問ですね。自分の 気に入った生産者から購入するとか、生産者の作っているところまで見に行くんだというくらい の気概があった方がいい卵を見つけられるかもしれません。

池嶋
できたら農場を見に行ってくださいということでしょうか。

向山
昨今、鳥インフルエンザの関係があるので、見に来ていいよという生産者は少ないと思います。そ して、あまり多くの生産者は見せたくはないと思います。動物保護団体の方などは、晒す方がいた りします。ケージでもエイビアリーでも平飼いでも、めちゃくちゃ自信を持っている人はあまりい ないと思います。うちもそうです。100%の自信があるかというと、そうではありません。自信は ありますよ。ただ、アニマルウェルフェアのレベルでいうと、もっと小規模で飼育羽数が100羽 や、300羽、1,000羽などというところの方がアニマルウェルフェアのレベルはずっと高かったり します。そこは選ぶ人の気持ちがどこにあるかです。動物を大事にしているところが素晴らしいと 思えば、そういうところを見せてもらって選ぶのもいいかもしれません。

Slow Food Ginza 高安和夫代表
私の自宅では、Pal Systemさんから黒富士農場さんの平飼いたまごと、通常のたまごを購入して います。黒富士農場さんの卵は、生で卵かけご飯にするのを楽しみにしています。平飼い卵の方 が、健康によさそうだと思って食べています。そのように、自分の健康のために選ぶという観点 はいかがでしょうか?

向山
健康のためという意味では、科学的根拠は無いかもしれません。ウェルフェアクオリティーとい う言葉は欧州にはあるので、鶏が健康でないといい畜産物は生産できないとは思います。ただ品 質レベルでいうと難しいところです。餌を食べる量は、若干平飼いの鶏の方が多くて、栄養素を より多く吸収しているので、美味しい卵といえるかもしれません。ただ一個の卵の栄養素を数値 化したところでは、大差はありません。科学的に機能性を証明するというのは難しいところで す。うちもハーブ卵を作っていますけれど、ヨード卵とか、オメガ3とか、機能性を足すことはで きます。ただそれは平飼いではなくてもできます。

池嶋
抗生物質の使用はどうでしょう? 密飼いだと使用量が多いイメージがありますが。

向山
抗生物質は、投与したら卵を出荷してはいけないことになっています。ですから、どの卵にも本当 は入っていないはずです。

池嶋
ケージの卵でもそうなんですね。

向山
大手であるほど、そのあたりはしっかりしていると思います。餌に初期に混ぜて食べさせること は若干あります。ただ採卵期になると、どの養鶏場も抗生物質を食べさせるところはほぼ無いと 思います。休薬期間を設けるというのも、大手であるほどしっかりしていると思います。

カバリヤ
以前卵の食べ比べをした際に、背後のストーリーを知っていると平飼いを選ぶ傾向はあります が、知らないとどの卵を選ぶかわからないところがあります。バタリーケージなどの鶏を見ると、 鶏の身体つきが違います。栄養素や科学的根拠というと難しいですが、実際の鶏を見ると、どち らの卵がいいかというのはイメージがはっきりわくと思います。ある生産者の話では、味や見た 目で比較することは難しいので、どのような育ち方をしているというストーリーを見せることで、 味と結びついて美味しく感じるのではないかと思います。

高安
今後色々な研究が進むといいですね。 東京オリンピックの前に、アニマルウェルフェアのお肉を食べた方が、タンパク質の吸収がよくて パフォーマンスがよいというテレビを見たことがあります。平飼いや放牧の卵と、ケージの卵で は感覚的には大きな差があるように思いますが、今後数値などエビデンスが出てくるといいです ね。

向山
畜産試験場などと研究を色々やっているですが、機能性などは、抗酸化活性値とか血中酸素濃度 などストレスを測る指標で、ケージと平飼いでは優位差があるというデータが出ています。今後そ のようなデータも出てくるといいですね。

カバリヤ
オリンピックの選手たちが署名活動をして、小池知事に嘆願書を送ったレガシーフォーアニマルズ というのがありました。そこでは平飼いの卵にはビタミンEが4倍あったとされていました。その ビタミンEがトップアスリートにとっては欠かせないということでした。

池嶋
卵を選ぶ視点として、鶏がどう育てられたか?を、今後より多くの人が考えるきっかけとなるとい いですね。皆さま、本日は貴重なお話をありがとうございました。